通訳や翻訳家には、女性が多い。英会話教室の先生などにも、女性の方が多いだろう。大学の外国語学部なんかも、女性が多い気がする。なかには1クラス15人中、男は1人しかいないなんていう学科を目撃したことすらある。羨ましいと思うか悲劇だと思うかは、好みによる。
とにかくこうみると、語学は女性の方が向いている、なんて声が浸透しているのも、仕方ないような気がする。
「外国語というのは華がある」というイメージも、わりと浸透してるらしい。憧れていた金髪碧眼の紳士淑女と優雅にコミュニケーションをとっている様を想像するとそのように思うらしい。実際のところは、知らない人がきけばドン引きするほどに泥くさく準備をしているということは、伏せておいた方が格好がつくのかもしれない。おまけにそういった準備はすべて自費なのだが、これも伏せておいた方がよさそうだ。まあいい。華といえば、女性だ。そういうことだろう。
では、華が似つかわしくない男たちはどうすればいいのか。不幸にも、外国語に興味をもつのは女性だけではない。男たちもそれなりに、外国語に興味をもち、勉強し、あわよくば仕事にできればなんて考えてしまうのである。そういった妄想は、すべて、無意味なのか。そうは、言わない方がいい気がする。
知らない人にも人当たりがよく、口数も多く、コミュニカティヴな印象がある。確かにこういった傾向は、女性の方が強い。街頭でバイトのチラシ配りなどをしていると嫌でも気づくことである。非常にありがたい限りではあったが、こういった傾向をもって「女性は語学に向いている」と判断する人が少なくないらしい。でも、それって、そんなに外国語学習や運用と関係あるのかな、という風に、偶に思う。
おしゃべりな人は外国語に向くのか。発音の上達が、早いのか。確実に言えるのは、おしゃべりな人はおしゃべりが好きだということ、この一点だけだ。相手の発話の、呼吸、胸、喉、舌、唇の動き、息継ぎのタイミング、表情、発音される音、個々の言葉、その選択、文章、その意図、気持ち、相手そのもの、周囲の状況、環境―――おしゃべり、という属性だけで、これらのことすべてに関心があるのだと、即決するのは、難しい。
外国語に流暢な人は、母語による話も上手である。たぶん、話好きだし、おしゃべりだ。でも、接しているとわかるのだが、それと同じくらい、話す、ということに対して、自制が効いている。簡単に言えば、よく「聴く」し、それは意味だけでなく、音も、語も、文章も、気持ちも、よく「聴く」という印象がある。なかなか自分からは、話してくれない。男女関係なく、こういった印象を受ける。
「科学的」な「脳」の話も、なんだか怪しい。「言語は左脳が司り、女性は左脳と右脳のインタラクションが活発である」。どうしてここから「脳科学的に女性の方が言語能力が高い」なんて結論がでるのか。よく、わからない。ただの偏見の域をでないと思う。
しかし偏見が世のなかで優勢ならば仕方ない。それが正しいって、ことだろう。偏見で、ものをみよう。先の話をもちだせば、「外国語に流暢な人は、人の話をよく聴く」。ここで、身の回りをみてみよう。自分の両親同士の関係でも、自分の恋人でも、パートナとの関係でもいい。「相手の話をよく聴く」のは、どちらか。うん。
「女と男、どちらが外国語に向いているか」なんて、明確なのでは?
//fine​​​​​​​
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